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太閤水(八並区)

最終更新日:2012年2月15日
太閤水
  市の東部、県道503号(町川原赤間線  旧唐津街道)を八並区から宗像市方面へと進むと、左側に「太閤水」と書かれた石づくりの小さな井戸があります。太閤といえば豊臣秀吉のことですが、なぜこのような名前で呼ばれているのでしょうか。天正15(1587)年、九州支配をもくろむ島津義久の動きを知った豊臣秀吉は、これを討とうと25万の軍勢を率い、九州に乗り込んできました。黒崎、赤間を過ぎ、八並区の山ノ口峠を越えた秀吉は休止を命じ、水を求めました。千利休が土地の人の案内で得た水を献上すると、この水を飲んだ秀吉は大変喜びました。以来、太閤水と呼ぶようになったそうです。かつて、ここを行き交う旅人たちも、この水でのどを潤し、峠を越えたことでしょう。